40代:病院
ある患者から教わったこと
20年以上にわたり、病院薬剤師としてがん医療に携わり、数え切れないほどのがん患者と接してきた。しかし、薬剤師として関われることには限りがあり、医師や看護師に比べると、がん医療のほんの一場面しか担えていないのではないかと感じていた。そのため、受け持った患者にはできる限り丁寧に接し、薬剤師としてできることを精一杯やろうと努めてきた。
一方で、診療報酬の算定や日々の業務管理などもあり、丁寧な対応を心掛けるほど自分自身も疲弊してしまう。では、より本質的ながん患者との関わりとは何か。マクロとミクロの両方の視点から考えてみると、日々の処方鑑査から前向き臨床試験の立案による新たなエビデンスの創出まで、その答えは枚挙にいとまがない。
それぞれの立場でできることに積極的に取り組んできたが、そんな折、母がステージⅣBの進行がんと診断された。身近な家族には進行がんを患った者がおらず、まさに青天の霹靂であった。母は手術(計3回)、抗がん剤治療(経口・注射を含む4レジメン)、放射線治療、疼痛緩和治療と、受けられる治療のほぼすべてを受けた。その間、私自身も、それまで培ってきた経験と知識を総動員して支えてきた。しかし、病状は徐々に悪化し、体重は当初から20%以上も減少した。もともと小柄ではあったが、劇的な痩せ方であり、外見を人一倍気にする本人は深く落胆していた。
当初は1年もたないだろうと考えられていた予後は、治療、とりわけ薬物療法の進歩によって予想に反し3年以上となった。その間、薬剤師として、また患者の家族として母に関わる中で、非常に多くのことを学んだ。中でも印象的なことを2つ列挙する。
一つは治療中に患者の身に起こっていることの多様さと、その情報を適切に吸い上げることの難しさである。症状日誌をつけるよう勧めていたが、本当に重要なことほど記載されていないことが多かった。つらい時に記録を残すこと自体が億劫になるのは当然である。また、つらい経験が続くと、比較的軽い症状は「このくらいなら」と気に留めなくなり、結果として記録されないことも少なくなかった。
もう一つは、患者が求めていることは案外シンプルなことなのだということである。母が私に最もありがたかったと言っていたのは、薬物療法や副作用の説明でも、丁寧な薬の仕分けや服薬管理でもなく、「話を聞いてくれたこと」だった。
薬剤師としての知識や経験に裏打ちされた専門性は当然ながら重要である。しかし、その専門性ゆえに必要以上に介入の内容などにこだわり、それが疲弊につながっていたのかもしれない。今回の気づきから、今後患者とは「肩肘張らずに、丁寧に向き合う」姿勢で行けば良いのだろうと思うようになった。
母は、身を持って私に「がん治療を受ける患者の現状」を教えてくれた。そして医療者は、いつしか患者から学ぶ姿勢を忘れがちになるということを気づかせてくれたことにも感謝の念しかない。
「母さん、ありがとう、そして本当にお疲れさまでした。」
〔2026.9.1〕
