虹を見ると必ず思い出す患者さんがいる。

医療者として、どの患者さんにも真摯に向き合って仕事をしているつもりではあるが、彼女とは年齢が近いことや入院期間が長いこともあり、関わるうちにいつしかお子さんの事や旦那さんとのなれそめ、これまで行った旅行の話から、当時付き合っていた彼氏の愚痴まで、治療以外のいろんなことを話した。（そちらの方が多かった）
彼女の治療には食欲不振や悪心、嘔吐、味覚異常に口内炎、発熱、倦怠感と副作用のオンパレードだったが、そんな中でも周囲を気遣うことを忘れない素敵な女性で、多くのスタッフから慕われていた。

ある日、彼女の病室を訪れると、空に虹がかかった絵が飾られていた。自宅にある絵を持ってきてもらったそうで、ハワイで見た虹がいかにキレイだったかを熱く語ってくれ、「治療が終わったら絶対に行こうね、って旦那と約束してるんだ」と嬉しそうに話していた。彼女のスマホにはたくさんの虹の写真があった。

彼女はシナモンロールが好きで、食欲が回復すると差し入れてもらっていた。聞くとお子さんも大好きなようで、最初の一口は嬉しそうに、でもふた口目からは決まって「･･･いっしょに食べたいよー」とポロポロ涙をこぼした。私には「そうだね」とただそばにいることしかできなかった。

入院して1年が経とうとした4月のある日、治療の甲斐もむなしく、彼女は旅立ってしまった。これまでにないほどつらいお見送りだった。

ドラマのような話だが、亡くなる日に危篤の連絡を受けたご家族が病院に向かう途中で、突然大雨が降った後、空に大きな虹がかかった。その虹を見た彼女のお子さん（当時6歳）は「見て、お母さんがいるよ！」と声をあげたのだそうだ。

あれから数年が経つが、今でもシナモンの香りに触れると彼女を思い出し、雨あがりで日が差した時はふと空を見上げて虹を探してしまうのだ。